2010年12月15日水曜日

2010-12-14

  1. さて、近所の公園に流れ星でも探しに行くか。
  2. 上京したての10代の自分が、アカシヤのロールキャベツを物珍しげに喰っている光景が見える。あの頃は300円くらいじゃなかったけ。薄っぺらい味だったが旨かったなあ。
  3. シチューというと新宿のアカシヤを思い出す。あれはロールキャベツか。ごちそうだったなあ。
  4. 冬はシチューの季節。クリームシチュー派とビーフシチュー派の争いが激化する。
  5. 外来種のヤスデが猛繁殖中らしい。この外観にも慣れておく必要があるな。http://bit.ly/fXZjr6
  6. 展示会に出展して、見せる実機がない企業は展示がしにくい。来場者は会場で見るものを探すのだから、サービスにしろシステムにしろ何か「見えるもの」として展示しないと対話のきっかけが作りにくい。自社商品を会場でまずイメージさせる事が重要。
  7. ぼんやりコーヒー中なう
  8. 明確にされた「不安」により「生」への態度が強まるのであれば、それはいま目の前にあるものをどうすれば良いかという新しい工夫を生む。ある工夫は記憶されて明確さを失いつつ共有される。その失われた明確さは再現性が無い。
  9. ぼんやり過ごす時間(記憶)は不安から遠ざかる分だけ安らぎを覚える。しかしその安らぎからは何も生まれない。
  10. そしてその「不安」は「生」の原動力でもあるだろう。
  11. 未来はいつも想像されるが、それは見え方としては過去が失った明確さ程度にしか明確さを持ち得ない。また自分の記憶(時間)の範囲を超えて見えるものではない。その不明確さが不安を発生させる。
  12. 時間が記憶であるなら、時間は過ぎ去るものではなく、絶えずありつづけるものである。時間の三様の「過去」は、明確さを失いつつ常に「現在」の背後に貼り付いいて保持されている。そして「未来」などというものは想像としてしか存在しない。
  13. そして時間が記憶そのものであるならば、その成立の究極は「死」ではなく「生」である。
  14. メルロ=ポンティは「時間の一点における成立は時間が交叉配列として理解されれば、過去と現在は相互内属の関係にありそれぞれが包み-包まれるものになる」と言う。成立しているということこそ、時間は記憶である、ということの根拠となるだろう。
  15. ウィトゲンシュタインが「世界は成立していることがらの総体である。世界は事実の総体でありものの総体ではない。」と言うのは時間が記憶であるということを指している。
  16. 現在の時間(目の前のいまの記憶)は目の前の総情報量に等しいと考えれば、他者理解についての考察がしやすくなる。
  17. そして自分の時間は、いま目の前にだけ(あるいは脳の中に)存在する。自分の過去も未来も目の前にしか存在しない。
  18. すべての時間は、すべてのひとの記憶の総体である。そしてその記憶には想像した現実ではないものも含まれる。
  19. 時間は記憶であると考えれば、客観的な時間と主観的な時間の違いが鮮明になりつつあると言うことが理解でき、いわゆる過去・現在・未来という時間の三様が絶対的なものではありえないということが明らかになる。
  20. いま目の前にあるもの・ことを常に明確に把握し続けることはできない。ひとは何かに注意する(明確化しようとする)とその他のものが不明確になってしまう。これが時間を考察するときの質のばらつきにつながっている。
  21. 自分のまわりに書籍やデータベースなどの参照可能な記憶されたもの(時間であったもの)が増えるほど、自分の記憶(時間)は増える。だがそれは明確さを欠くために本来の意味での参照性を失っているものが増えているだけ。
  22. つまり、目の前の総情報量を総体的に把握しようとせず、そのごく一部だけに集中すると、時間(記憶)は圧縮される。楽しい時間はあっというまに過ぎる。
  23. 目の前の時間(記憶)をどれだけ明確化できるかによって、過去(参照される記憶)の明確さも変化する。ぼんやり過ごす時間は取り戻しにくい。
  24. 現在の時間(目の前のいまの記憶)は目の前の総情報量に等しい。その膨大な情報量は見る者が選ぶことによって明確化される。
  25. 記録された記憶(時間)を参照することで、ひとは時間(記憶)を取り戻せる。記憶そのものが時間であると考えれば、現在目の前にある時間(記憶)と既に在ったことへの記憶(過去)の性質の違いは明確さの違いということに置き換えられる。
  26. 人間の時間というのは、そのまま人間の記憶。記憶は文字が発明されて記録することで参照性が良くなった。記憶がなければ時間も存在しない。
  27. 冷たい雨が降っているな。
  28. 「意味」というのは文字通り「意」の「味(あじ)」であって言葉に変換されるものではない。
  29. 美というのは、いつもそれを見る者がたずさえている意味の明らかさを反映する。美しいものを見たとき、人は自分が今まで何を抱えてきたのかに気付かされる。
  30. 曲は良いんだけど動画がカスなのがまた良いな。笑
  31. 気合いを巻き直すときに聴きたい曲。「The Riddle - Nik Kershaw」http://bit.ly/a9a3Fq
  32. 飲まれてー、飲んでぇ。 RT@ynpapa: あははw あざす!あざす!! RT@akamaru_GT: シミジミにgokgokは変ですw RT@ynpapa: あぁ〜これで、解放されたんだよなぁ。シミジミなう。。(水割りgokgok)

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